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寿命を伸ばしたいときの鋼種選択と熱処理の考え方

工具などの加工ように、どのような鋼種を使うといいのか、どのような熱処理をするのがBESTなのかを決めるのは大変難しく、基礎の鋼材の知識や熱処理の理論から勉強するのはもっと大変ですね。

少し長い文章なのでパソコンでお読みください。15分程度で読めるように「鋼種を考えるときの雑学知識」を書いています。

ここでは、今使っている機械部品の寿命をさらに伸ばしたいと考えた時などに、鋼材カタログや書籍の技術データや図表が深読みできるように、鋼種や熱処理データの見方考え方について紹介しています。

現状を知り改善のための方策をとる

まず、工具などの「寿命を伸ばしたい」と考えるときには、現在の品物の状態がわかっていないと話になりません。

これは当たり前のようですが、重要なことです。

しばしば、「なにかいい材料はありませんか」「どういう熱処理をしたらいいですか」と言う質問を受けますが、具体的な対象がないと、一般論でしかこたえられません。

つまり、つねに最高でオールマイティーな材料や熱処理状態というものはありません。

卑近な例を上げて説明しましょう。

よく使われる「冷間工具鋼(常温で使用する工具や機械部品用の鋼材)」で、例えば、1mm厚さの軟鋼を打ち抜くための工具(パンチやダイスなど)が、現在は SKD11で60HRC の硬さに熱処理している製品があって、「摩耗が早いのでもっと寿命の長いものがほしい」「刃先の欠けを少なくして寿命を伸ばしたい」などの要望がある場合に、①材料を変えるのがいいのか、②熱処理を変えるのがいいのか を考える場合を想定しましょう。

まず第一に検討することは、摩耗が早いのなら、今の品物の状態よりも硬さを高くするのが対策の一つですし、欠けが起きるなら硬さを下げるというのが一つの対策です。(頼りないようですが、これが基本です)

でも逆に、「本当にそれはSKD11ですか?」「本当に刃先が60HRCの硬さですか?」 とその人に問えば、意外に現在の品物の現状を知っていないことが多いのです。

えっ? と思われるかもしれませんが、もっと専門家であれば、①SLDですか DC11ですか、それ以外の鋼種ですか ②焼入は油冷していますか空冷ですか? ③硬さはどの部分で測定していますか ということが分かれば、また、対策案もでてきます。

つまりそもそも、鋼材を熱処理すると、品物の大きさや形状が影響して品質が左右されます。

そして、少し大きな品物であれば、カタログや書籍にあるような特性値にはなっていないことが多く、それも寿命に関係していることも多いですし、何よりも、大きな品物では、表面の硬さも指定範囲にも入っていないということもあります。

だから、現状を知ることが改善につながるのですが、そもそも、図面にある仕様もいい加減なものも多いですから、ある意味で、寿命を伸ばす方法はいくらでもでてくるのです。

もちろん、「すべての特性に優れる鋼種はない」という現実から、上のような詳しい情報があれば、「どのような特性を伸ばしたいのか」という要求にそって、鋼種を変えたり熱処理仕様を変えるということを考えていけば解決しやすいのです。

標準仕様はBESTの仕様ではない

私自身は機械部品などの製品の強度設計とその熱処理の仕事をしてきたのですが、(変な言い方ですし、言い方も悪いかもしれませんが) 技術者が最初に書く設計仕様は「かなりいい加減」なものが多いものです。

例えば、1mmの鋼板の打ち抜き刃物であれば、SKD11 HRC60±2 … と「標準的な仕様」を図面に書くのですが、この場合、HRC58とHRC62では、全く性能は違うのは明らかです。

その標準仕様でも問題はほとんど起きないのですが、寿命を伸ばしたいなら、改良して「いい製品」にしていくので、最初からBESTなものはないので、現状と目的を知らないと、改善はできません。

そういうことを、この記事を通じて感じ取っていただきたいと思っています。

少し長い文章ですが、これでも十分に説明しきれていませんので、専門書籍があればそれと合わせて読んでいただくのがいいでしょう。

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メーカーの都合の悪いデータは表に出ていない

まず、工具鋼の場合は特に、メーカーカタログや書籍のデータは客観的で正しいものの、その試験方法は自社独自のものです。

また、ほとんどがテスト用に調整した小さな試験片を用いたデータであることを頭に入れておく必要があります。

このために、数社のデータ値を寄せ集めて、数値だけを比較して評価するのは絶対にダメです。

掲載されているデータでも、各メーカーは「自社鋼種のいい点」を取り上げてカタログに掲載していて、不都合なデータは掲載していないことをあわせて意識していることも大切です。

鉄鋼材料(工具鋼)カタログの見かた

熱処理関係図の例1
焼戻し温度と硬さの関係

熱処理関係図の例2
鋼の焼戻し温度と変寸率

熱処理関係図の例3
冷却時の温度と時間と組織

工具鋼のカタログや技術資料にはしばしば、このようないろいろな図が示されます。

これらから鋼の特性に合った、改良できることを読み取っていくのですが、これらは特に、覚える必要はありませんが、見方は知っておくと良いでしょう。

これらは、ある鋼材(鋼種)を使って工具や部品を作ろうとする時に、その材料の特性や熱処理を考えるときに必要なものです。

専門外の人が見ると難しいでしょうが、鋼材カタログにはこのようなグラフが掲載されていますので、ここに書かれた内容が読み取って製品に活かせれば、製品の品質改良に大きなプラスになります。

ただ、メーカーカタログでは、他社の鋼種との比較などはほとんどないので、各社の鋼種を比較する事はできないですし、また、すべての鋼種で同じような試験データが揃っていることもありませんので、少ない資料からメーカーの示したいことや隠している意図なども読み取るしかなく、当然、マニュアル的な見方考え方はないのが歯がゆいところです。

もちろん、それらを理解するのは、書籍などには解説していないこともあって、わかりにくいこともありますが、少ないページですが私の見方を説明していこうと思います。

このHPでは、比較的用途の多い冷間工具鋼から、高合金のダイス鋼で代表的な「プロテリアル(旧:日立金属)さんのSLD」「大同特殊鋼さんのDC53」「山陽特殊製鋼さんのQCM8」などを例に、その特性などについて見ていきます。

鋼材の「じん性と耐摩耗性」とそれを活かす熱処理方法 … という基本になる触りの部分だけでも感じていただければいいと思っています。 長い文章ですがぜひお付き合いください。

また、ここに示した資料は特殊なものではなく、一般に配布されているものです。 古い資料も多いのですが、現在でも役に立ちます。こちらに引用先を示します。

【お断り】 ここに書いた内容は個人的な考え方で説明していますので、メーカーの意図するものと異なっている内容もあります。また、図表は説明用に利用しているもので、鮮明でないものもあります。詳しく知りたい場合は、メーカーのカタログ等を利用ください。

冷間工具鋼と一般特性について

まず、一般的な見方で工具材料全体について見ていきます。

鋼種とメーカー分類

下の図は特殊鋼倶楽部が発行している雑誌「特殊鋼」から引用している、H26年11月版の炭素工具鋼・合金工具鋼の一部です。(この一覧表は雑誌「特殊鋼」に不定期で掲載されています)

鋼種一覧

この表にある鋼種はメーカーの推奨する鋼種

ここの左端にあるJIS相当鋼種に対応する各メーカーの鋼種が挙げられていますが、この表の鋼種が、必ずしも「よく使われている」という鋼種ということではありません。

例えばSK105は炭素工具鋼(水焼入れして使う鋼種)のうちの代表的な鋼種ですが、炭素工具鋼としては、炭素量の違いでJISには11鋼種もの鋼種がありますし、同系統の鋼種で、油焼入れしても硬さが出やすい、合金工具鋼に属する SKS93 は、SK105にMnを少し加えただけのものです。

このように、少しの成分の違いで、別系統の鋼種に分類されることなどもあって、この表の詳しい理解も簡単ではありませんが、ここでは、このような系統の鋼種があり、そのJIS鋼種に対応する各メーカーの製造する、代表的な鋼種が書いてあるというところを見ておいてください。

さらに言えば、空欄のところは、そのメーカーでは、該当する鋼種は(製造できないのではなく、製造していても)一般には「市販されていない」ということです。

ここに示す鋼種以外は市中での入手は一般的には困難ということ

つまり、ここに掲載されている鋼種は、各メーカーが製造して市販されていて、比較的入手しやすい鋼種というもので、逆に言えば、ここにないものを一般で入手するのは困難だと言えます。

だから、この表は、材料を考える場合の参考にはなりますが、また、「このような鋼種がほしい!」と思っても、簡単に入手できない … ということを知っておいてください。

もちろん、メーカーが作れないというのではなく、「作りたくない」という鋼種か、または、製造していても適当なサイズが揃っていないなどで、特殊な契約をすれば別ですが、表の空欄部分の鋼種は、そのメーカーでは「扱いたくない」というものと考えると良いでしょう。

工具鋼は、JIS鋼種名ではなく「メーカー名」を使うのが正解

ここに書かれた鋼種は、比較的流通量が多くて入手しやすい鋼種で、JISに示される鋼種に対応している鋼種ということになります。

これは、JISが要求する品質を保持したうえに、さらに、各社が特徴をもたせた鋼種に作り上げているものといえます。

例えばSKD11に相当する鋼種であっても、鋼種名が違えば特性が違います。

つまり、JISと同じ鋼種名であってもなくても、各社の品質はJIS鋼種以上の品質になっているということです。(JISは最低品質を保証しているものですから、各社はそれ以上の何かの優れた特性を持たせています)

上表で言えば、愛知製鋼のSKD11、山陽特殊製鋼のQC11、大同特殊鋼のDC11などは、すべてJISのSKD11相当品ですが、それぞれにメーカー独自の特徴を持たせている「JISのSKD11品質の鋼材になっている」ということです。

このために、これらの鋼種はメーカーごとの差があるということなので、JIS名の「SKD11」と呼ぶのではなく、メーカー名で呼称するようにしたほうがよいということで、SKD11ではなく、「SKD11相当品」という呼びかたをして区別している場合もあります。

ひとつの例を上げると、JISが規定する化学成分範囲は、メーカーの技術力からすれば広すぎますし、JISの成分範囲の上限と下限では、明らかに材料特性が変わります。

だから、各メーカーでは、自社の特徴を出して一定の品質にするために、かなり狭い規格範囲で「自社ブランドの鋼材」を作りだしてますから、成分の中心狙いで製鋼するということはありません。

また、合金成分は「レアメタル」が多いので、たくさん含有させると、原価に影響するので、各社は、材料特性を考えて、成分範囲を絞り込むので、メーカー差というのがでてきます。

それもあって、私の持っているイメージの例(一般的ではありませんし平成年代での感想で)は、大同特殊鋼のDC11とプロテリアル(当時は日立金属)のSLDを比較すると、DC11のほうが耐摩耗性に優れ、SLDのほうがじん性に優れている感じを持っていました。

そして、同条件での熱処理硬さはDC11のほうが高い硬さになるのが通例で、もちろん、変寸量(例えば熱処理後の長さ変化など)も明らかに違いますから、その使い方を工夫して製品を作るようにしていましたから、設計者は、メーカーの特徴の把握も大事なことです。

このような違いが出る理由は、成分の狙い値の違いの他に、1次炭化物の形状や量、圧延比の取り方などの「製造過程の違い」などので生じるのですが、たとえメーカーと細かい仕様書を取り交わしても、メーカーの基本ポリシーは変わりませんから、極限の寿命を検討しようとすると、メーカー選定までを考える場合も出てきます。

だから、例えば、熱処理をする場合には、その特徴を最大限に活かすやり方が望ましいし、そうすることによって、長寿命の製品を作り出すことができます。

いくつあるかわからないほど、多くの工具鋼の鋼種がある

もちろん、近年は、メーカーの採算性改善のために、製造鋼種を絞る傾向ですが、それでも、メーカーで製造されている鋼種は、一覧表などに載っていないものがたくさんあります。

それらの鋼種はそれぞれの特徴があるものの、一般には流通していない鋼種か、「ひも付き」と呼ばれる、メーカーと特定ユーザーの取り決めで閉鎖的な取引される、一般市場には流通しない特殊な鋼種で、大口の需要家の鋼種には、個別の仕様書で品質を定めた鋼種がたくさんあります。

 

工具鋼の流通状態は複雑です

メーカー~鋼材商社~鋼材店~需要家の仕組みもわかりにくく系列化されており、それもあって、どのメーカーのどんな鋼材を選んだらいいのか、それをどのような熱処理すればいいのかを理解するのは大変です。

ただ、鋼材の全体的な見方考え方を理解しておけば、販売店やメーカーに相談しやすくなるでしょうから、基本知識を理解することは無駄ではありません。

冷間工具鋼について

これらは冷間で使用される(つまり、赤熱している被加工材を加工するものではない)もので、おおくは常温の金属製品を加工する工具材料用の鋼種をさします。

(備考) 概ね、「冷間」は、品物の温度が300℃程度以下、「熱間」は600℃程度以上を指し、その間を「温感」と称されます。

温間・熱間用の鋼種で SKD61 は非常にじん性が高いので、冷間用にもたくさん用いられるものもありますが、ここではJISの分類の冷間用鋼種で説明しています。 さらに、高合金工具鋼で、焼入れ温度が1100℃を超える高速度工具鋼(ハイス)はここでは除いています。

 

冷間工具鋼は、「高い硬さ」が出る鋼種とも言えます

もちろん、熱処理後の硬さは、熱処理曲線に書かれている硬さ範囲にはできるのですが、一般的には、冷間加工用工具として使用される硬さは、おおむね55HRC以上です。

ちなみに、硬さが「55HRC以下」だと、包丁やナイフが「切れない」と感じる硬さで、通常は包丁の刃先は58~62HRC程度ですし、 顔をそるカミソリなどの(刃先に特殊な処理をしたものもありますが)鋼部分も、この程度の硬さになっています。

金物用のやすりの歯の先端は、64HRC程度の非常に高い硬さで、用途によって適応する鋼種があります。

この「HRC」は、ロックウェル硬さ計の「硬さ」の単位で、数値が高いほど硬いことを示します。

鋼は、硬くなれば圧縮強さや引張強さが高くなりますから、「強さ=硬さ」から、通常は、硬さで熱処理した品質を表しています。

多くの鋼種について、硬さと機械的な性質の関係を調べた試験結果があり、カタログなどで公表されていますから、通常の熱処理品質は『硬さ検査』で代用されます。

冷間工具鋼に分類される上表の鋼種の多くは、(大きな品物では無理な場合も出てきますが) 指定の熱処理(焼入焼戻し)をすれば、最高硬さが60~65HRC程度の非常に硬い硬さになります。

ただ、硬ければいいというものでもなくて、高い硬さになると、極薄の品物では簡単に折れてしまうぐらいに「ネバサ」がなくなりますので、用途に応じて「適当な硬さ」にして使用することになります。

 

高硬さで強くなり、硬いほどもろくなるなどの悪い面も出でてきます

このように、「硬さ」は「強度」を示す重要な指標で、鋼は硬いほうが強いと言えるのですが、硬くなると「もろく」なって弱さが出てきます。

日本刀のように刃先だけが硬ければいいという場合と、全体が同じ硬さ(強さ)のほうが良い場合があるので、ただ単に「表面が硬いほうがいい」ということはなく、鋼種の特性と熱処理特性、品物の形などを含めて硬さ(強さ)を考える必要があります。

冷間用の工具には、包丁などの刃物類のほかに、鋼板に穴をあけるドリルやタップなどの切削用の工具等にも冷間工具鋼がたくさん使用されています。

ドリルやタップ用の工具鋼鋼材も、昭和の年代には安価なSK材やSKS材の系統であったものが、次第に、ダイス鋼や高速度鋼(ハイス)などの高級な鋼種に代わってきています。

これは、硬さによる耐摩耗性やじん性ではなく、合金成分を加えることで耐熱要素の高い材料が使われるようになってきたのですが、さらに、表面処理によって特性を高める工夫がされてきていることもご存知でしょう。

そして、鉄鋼は錆びやすいという欠点があることで、包丁などには「焼の入るステンレス鋼」が多く使用されるようになっていますし、切削工具にはハイスと呼ばれる高速度工具鋼やさらに耐摩耗性の高い粉末ハイスなどが使われるようになってきるということもご存知のことかもしれません。

このように、鋼種もたくさんあって、それらを含めると選択肢も増えるのですが、ここではその中の鋼種群の冷間工具鋼を主体に説明していきます。

 

なぜ鋼で鋼を加工できるのでしょう?

これは、簡単にいえば、工具の「強さ」が被加工材にくらべて非常に強いという理由です。

たとえば引っ張り強さで見ると、 工具は200Kg/mm2(断面が1平方ミリメートルの鋼を引っ張った時に200kgで引きちぎられるという意味)以上の強さがあるのに対して、穴をあける側の鉄板は 40kg/mm2 程度の強さですから、単純に言うと、引張強さに5倍の差があるために、熱処理することで、様々な工具として使えるということです。

(参考) 引張強さは1つの強さを表す指標です。 ここでは、比較しやすいためにこのような表現にしています。また、MPaという単位を用いるのですが、ここではわかりやすいように古い単位にしています。

 

一般的に、硬さと強度は正の相関、硬さとじん性は逆の相関

つまり、工具などを強くしたければ、硬さを上げればいいですし、かけや折損が生じるようなら硬さを下げて性能を調節するという方法をとります。

しかし、鋼種によっては、55HRC以上の硬さになると、(どうにもできない鋼の宿命で)硬さと強さの相関関係が崩れてくるので、硬さだけで鋼を評価できない場合がでてきます。

このために、鋼種ごとの熱処理データをみて、硬さに対する特性などを把握する必要があるのですが、これらについていろいろなところで説明していきます。

化学成分と熱処理で鋼の特性が決まる

「鉄と炭素の合金」を鋼(はがね)といいますが、この「炭素量」は鋼の性質を決めるのに特に重要です。

炭素は鋼に溶け込んで鋼を強くします。 そしてまた、その他の元素とともに硬い炭化物を作って、熱処理をした時に硬化して高い耐摩耗性を発揮します。

つまり、鋼の化学成分が大まかな鋼(=工具)の性質を決めるといっていいでしょう。

次に、工具などを作るためには、熱処理が欠かせません。

機械加工できる状態の硬さから工具に必要な硬さまでを「熱処理」によって変化せせることができるのは鉄鋼の最大の特徴でしょう。

 

焼入れ・焼戻し

「熱処理」で、硬くする操作を「焼入れ」といいます。 さらに焼入れした鋼を「焼戻し」によって簡単に欠けてしまわないようなネバくて強い状態にします。

通常この焼入れと焼戻しはセットになっていて、これを連続的に行います。
焼入れ・焼戻しのための加熱温度を「焼入れ温度・焼戻し温度」と言います。

 

最高硬さは炭素量で決まる

鋼中の炭素量が多くなるにつれて、焼入れした時の硬さが高くなり耐摩耗性が向上します。 しかし、硬さが高いと「強い」反面、「もろく」なります。

「もろい」というのは 「衝撃力に対して弱い」というです。

炭素は、鋼として固溶できる限界が2%程度までで、固溶しない炭素が金属の組織に現れると、もはや「鋼」ではなく、 鋼よりももろい「鋳物」になりますので、そうならないように、炭素を鉄以外の元素(例えばクロムやモリブデンなど)と化合させて「炭化物」として固溶させることで、 耐摩耗性などに優れた鋼になります。

様々な合金元素は、素地(マトリクスと言います)を強化したり、硬い炭化物を作る目的などで加えられますが、たくさん入れるほど特性が良くなるというものではないために、そのバランスを考えた新しい鋼が次々と出てきます。

そのために、世間には数えられないほどのいろいろな鋼種があるのですが、それでも「絶対的に高寿命で、オールマイティーに使える」という鋼種はありません。

いかに一つの鋼種が持つ特徴を活かして工具を作るのかということが大切なことになってきます。

 

焼入れ性

鋼を硬くするためには、一度高温に熱してから急冷する熱処理の「焼入れ」をします。

鋼材の成分によって、水で冷やさないと硬くならない鋼種や空気中に放冷しても十分に硬くなる鋼種などがあり、後者を「焼入れ性の高い鋼種」と言います。

焼入れ性とは、表面の硬さが高くなりやすいかどうかや、硬化する深さが深い(中まで硬い)かどうかという意味が含まれますが、ここでは「焼入れ性が良いと硬くなりやすい」とイメージしておいてください。(焼入れ性という言葉はイメージのようなもので、数値化できない内容も多いので漠然としたものになっています)

 

質量効果

「焼きが入りやすい鋼種 = 焼入れ性が良い鋼種」ですが、その鋼種でも、品物が大きくなると冷却速度が低下して十分な硬さが出なくなります。 これを「質量効果によるもの」という言い方をします。

この質量効果という用語も「焼入性」という熱処理用語と同様に、数値がない漠然とした言い方なので理解しにくいものですが、よく使われる言葉です。 ともかく、品物が大きくなると、熱処理してもデータ通りにならないという意味で使われます。

それもあって、少し大きな品物でも十分に硬化するようにクロムやモリブデンなどの焼入れ性を高める元素を加えたた鋼種に「ダイス鋼」と呼ばれるSKDに分類される鋼種群があります。

その代表格がSKD11系で、これらのダイス鋼鋼種は非常に焼入れ性が高いために「空気焼入れ鋼」とも呼ばれ、 φ100程度のものは焼入れ温度から空気中に放冷しても(水や油で急冷しなくても)中心部まで60HRC以上に硬化します。

もちろん、このことが「 いいことづくめ」ではないことも、頭の片隅に置いておいてください。

 

新しい8%Cr系の鋼種

近年は「8%Cr系」と書かれた鋼種が多く出回っています。

メーカーの説明では、焼入れ性はSKD11以上で、強じん性(ここでは「じん性」と表現します) もSKD11以上とPRされている鋼種群で、SKD11の代替鋼種という位置づけです。

この鋼種であっても、「いいことずくめ」ではありません。
個々の特性は、後ほど見ていきましょう。

 

特性の「相反性」

冷間鍛造用鋼などでは「じん性」と「強さ」が必要ですが、その両者どちらかが高くなると反対の性質が低下するので、「相反する性質」を持ち合わせています。

近年は、マトリックス系の鋼種と言われる、鋼の素地の強度を高めるように成分設計をした鋼種が開発されています。

セミハイスと呼ばれる鋼種群もその一つで、冷間工具鋼の耐熱性を高めた鋼種と位置づけられています。

耐摩耗性や摩擦熱などに対する耐熱強度が要求される場合にはハイス(高速度工具鋼)が用いられますが、これは、冷間工具鋼と違った、少し特殊な熱処理をしますので、ここではほとんど紹介していません。

このように、耐摩耗性(強さ)とじん性(ねばさ)の度合いを調節する一つの方法が「熱処理(焼入れ・焼戻し)による方法」で、じん性が必要な場合は、割れたりしないように硬さを低めにしますが、そうすると耐摩耗性が低下します。

このような、硬さと機械的な性質についてはいろいろなデータがあって、それらで工具寿命の改善策を検討します。

その特性変化を読み取って熱処理仕様を決めるのですが、このために、鋼種ごとのデータから、熱処理の硬さと靭性や耐摩耗性の変化を読み取って、製品の硬さなどの仕様を決めていくことに利用します。

 

新技術による品質向上

年々、鋼の製造方法の技術的進歩で製品品質が向上してきましたが、さらに、成分的な鋼種の違いや熱処理による特性以外の特性向上方法で特殊溶解技術や粉末技術を取り入れる高級鋼も増えています。

これらは製造に手間や費用がかかるために高価になるのですが、従来鋼以上のプラスアルファーの特性がほしいときには、選択肢の一つとして知っておくといいでしょう。

その例に、真空溶解やESRという技術でつくられた鋼などがあります。

もちろん、このような高級鋼も、工具の特性を出すためには適切な「熱処理」が不可欠ですから、どんな場合でも、品物と鋼種の特性を生かすための鋼材の知識と熱処理の知識を熟知することで長寿命の工具を作ることができることに変わりはありません。

 

鋼の基本性能について

鋼種がたくさんありすぎてわかりにくいけれど

鋼材性能を評価する方法は決まっていませんし、最良の方法がどれなのかはわかりませんが、メーカーのカタログにある試験方法による評価で考えるとわかりやすいでしょう。

どんなメーカーカタログを見ても、この鋼種は 「**に優れている」「**より良い」「**の特徴がある」というように、「当社の鋼種***はいいですよ・・・」という表現がされています。

すべてに「BEST」なら、いろいろな鋼種を製造販売しなくてもいいのですが、そううまくはいかないので、おのずと新鋼種が増えていくのですが、メーカー方録などに、メーカーが考える位置づけを示しています。

日立金属の鋼種系列

大同特殊鋼の鋼種系列

この上図は、プロテリアル(旧:日立金属)さんの鋼種に対する特性の位置づけで、下の図は、大同特殊鋼さんのDC53の特性の位置づけ(右図)が示されています。

見にくい図ですが、メーカーでは、縦横軸はそれぞれ耐欠け・割れ性、耐摩耗・耐圧縮性などを表す方法で「じん性と耐摩耗性」で鋼種選択のしかたを示しています。

両社で座標軸の項目が逆転していることに注意してこれらを見てください。

 

じん性と耐摩耗性は相反関係にあります

つまり、耐摩耗性が高いとじん性が低いという関係があり、この図で、鋼材の書かれた位置が右上の方向にあるほうが「性能が優れている鋼種」と位置づけられています。

左図では左下にあるYCS3・YK30(≒JIS-SKS93)よりも右上(45度)方向に位置する鋼種ほど「特性が優れている」という表現になっています。

しかし、これらの表は「メーカーが考える一つの表現の仕方」として捉えておかないといけません。

たとえば、右上にある鋼種は高合金の高価な鋼ですし、品物の大きさで実際の特性は変わるので、メーカーの販売戦略があるのかもしれません。

でも、材料を選ぶ場合には、このような鋼種間の位置関係を知っておくと、材料を選ぶための考え方になります。

 

しかし、あくまでも、メーカー的な鋼種の選び方の基準です

プロテリアル(旧:日立金属)さんの図には、4本の右下がりの系列線が引かれています。

一番下は「ダイス鋼系」それから上に、「溶性ハイス系」「マトリクスハイス系」 「粉末ハイス系」の4系列が示されています。

また、大同特殊鋼さんの右図でも、縦横軸が入れ替わって示されていますが、右下がりの傾向になっており、成分系列の傾向がプロテリアル(旧:日立金属)さんの場合と同様に表現されています。

つまり、耐摩耗性に優れたものはじん性に乏しく、じん性に優れた鋼種は耐摩耗性に乏しいという関係は変わらないので、この表だけでは、最適鋼種を考えるのは難しいのですが、材料が決まれば、次は熱処理を考えるので、材料を決めることが先決です。

ただ、これらの図にも企業の販売戦略があるので、カタログを一見しただけで判断してしまうと大変なことになるので、深読みが必要になります。

以下は、簡単な図の読み方を紹介します。

 

強さ・ねばさ

鋼材の特性を見る場合は、「強さ = 硬さ」 「じん性 ≠ 硬さ」と考えます。

強さは引っ張り強さ、圧縮強さなどで表現できます。強さは硬さと相関があります。また、じん性(耐欠け・割れ性)とは逆の相関になっています。

硬さと強度の鋼種対応

硬さと抗折値の関係
プロテリアル(旧:日立金属)さんのデータを引用

ここでは、「硬さが高くなると強さが上がる」「しかし、上限の硬さに近づくと、その相関は崩れる」「じん性は熱処理後の硬さで変化する」 ということが示されています。

SKD11やSKS3は熱処理で64HRC程度の硬さになります。 しかし「硬さを上げれば強さも上がり、耐摩耗性も高くなる」と信じている人が意外と多いのですが、 上の左のグラフを見ると、「そうではない」ということを知っておくことは重要です。

このような結果になるのは、成分系の影響とともに熱処理の要素も関係しますが、基本的にはカタログなどに示される「適正な硬さ範囲で使用する」ということが重要です。 (説明は少し専門的になるので、ここでは示しません)

 

強さ・じん性の試験は簡単ではない

強さは、引っ張り、圧縮、ねじり … などの試験方法で示されます。

しかし、工具鋼などの高硬度鋼の試験については、試験方法や試験片形状がJISなどで規定されていないものが多いので、どのような試験方法や試験条件で評価されているのかを確認するようにしましょう。

違う会社のデータの数字を使って比較してはいけないということも大切な点です。

例えば、「10Rシャルピー値」はJISでは規定されていません。しかし、多くの工具鋼メーカーでは広く採用されています。

この10Rシャルピー試験を実際にやってみると、非常に試験値がばらつきます。 また、50HRCを超える高硬さの試験は危険ですし、試験片の加工も費用がかかりますから、簡単に足しかければよいというものではありません。

つまり、メーカーごとで条件が異なっているでしょうから、メーカーが違うものの比較はしてはいけません。

他社メーカー鋼種の比較をメーカーがしておれば、試験条件が揃っているので問題は少ないのですが、ともかく、工具鋼のデータ数字の見方には常に注意をしていないと、大切なことを見失う危険があります。

 

SKD11相当品 … の話

例えば、プロテリアルさんの「SLD」はJISのSKD11相当鋼種となっています。 成分範囲などはSKD11の範囲内で一部は狭い範囲の規格値になっています。

そもそもJISの考え方では、社内規格ではJISを超える品質を規定することが求められますので、SLD=プロテリアルさんのSKD11 ですが、SLDの特性は、JIS品質以上になっています。

例えば、プロテリアルさんでは、 鋼には好ましくないリン(P)や硫黄(S)を抑えていることで、「清浄度の高い鋼材」であることをPRしていますので、こういう点で、SLDはJIS規格のSKD11を超えるものになっているのですが、つまり、各メーカーのSKD11相当鋼種はJISのSKD11以上の品質ですが、メーカーが違えば全く違う性質になっているということです。

メーカーが違っても、基本的なSKD11の品質は確保されていますが、性質は同じではありませんから、プロテリアルさんのSKD相当品と、大同特殊鋼さんのSKD11相当品は、かなり違うものと考えるのが適当です。

さらに私の感覚で言うと、昭和年代末期の1990年ころの工具鋼鋼材と2000年ころ以降の鋼材では、品質に格段の違いがあると感じています。

この頃を境に、急激に焼き割れなどの熱処理事故が減りましたから、これは、特殊鋼各社の製造技術の進歩によるのですが、メーカーはそれを表には出していないものの、高清浄度や均質化、溶解技術、高圧プレスなどという言葉がよく聞かれ出した頃から、メーカーはかなりの品質向上を図ったのでしょう。

ともかく、ミルシートなどの数値にはそのようなことが示されていませんし、規格値自体がかわることはないのですが、新しくつくられる鋼になるほど、見えない部分で品質が向上しているということは確かだと感じています。

まだまだ紹介したい内容がありますが、一応、区切りとします。リンクから、その他の記事もお読みください。

冷間ダイス鋼でよく使われる鋼種比較|SLDとDC53
ナイフを作りながら熱処理の基本を学ぼう(1)|材料を知る
15分で鋼種と熱処理の全体像をイメージできるように紹介する
山陽特殊製鋼さんの ”QCM8” について
プロテリアルさんのSLDでSKD11 の特性などを紹介
ステンレス鋼のうんちく|焼入れして硬くなるステンレス鋼
マルテンサイト系ステンレス鋼の熱処理を考えるための基本知識