金属が好き 鉄鋼種カタログの見方

鉄鋼材料(工具鋼)カタログの見かた


工具鋼のカタログや技術資料にはしばしば、このような図が示されています。

熱処理関係図の例1熱処理関係図の例2熱処理関係図の例3

左は「熱処理曲線」「焼戻し曲線」と呼ばれ、鋼を焼戻しした温度と硬さの関係が示されています。

中は、変寸率を表したグラフで、焼戻ししたときの2方向の長さ変化を表しています。

右は、CCT曲線と呼ばれ、鋼を焼入れや冷却する速度で生じる組織と冷却速度の関係を示すものです。

これらは、ある鋼材(鋼種)を使って工具や部品を作ろうとする時に、その材料の特性や熱処理を考えるときに必要なものですが、ここに書かれた内容が読み取ることができれば、同種の鋼材(鋼種)の優劣やメーカー差などが見えてきます。

しかし、すべての鋼種のいろいろなデータが揃っていることは稀で、さらに、各メーカーは、絶対に自社の製品の悪いところは示しませんから、既存のデータから、メーカーの示したいことや隠している意図なども含めて、これらの図表やデータを読み取ると、真の鋼材特性が見えてくるのですが、ここではそんなデータの見かた考え方を説明します。

ここでは、冷間工具鋼のうちで、高合金のダイス鋼で代表的な「プロテリアル(旧:日立金属)のSLD」「大同特殊鋼のDC53」「山陽特殊製鋼のQCM8」などを例に、その特性などについての見方考え方を見ていきましょう。


ここに示した資料は特殊なものではなく、一般に配布されているものです。こちらに引用先を示します。

【お断り】 ここに書いた内容は個人的な考え方で説明していますので、メーカーの意図するものと異なっている内容の場合もあります。また、図表は説明用に利用しているもので、鮮明でないものもありますので、利用する場合はメーカーのカタログ等を利用ください。

これらの説明は3ページに分かれており、さらに、SLD、QCM8を紹介したページがあります。サイドメニューに目次を示しています。

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冷間工具鋼と一般特性について

まず、一般的な見方で工具材料全体について見ていきます。

◎ 鋼種とメーカー分類

下の図は特殊鋼倶楽部が発行している雑誌「特殊鋼」からの引用で、H26年11月版の炭素工具鋼・合金工具鋼の一部です。(この一覧表は不定期に発行されます)

鋼種一覧

ここには、特殊鋼各社の主要鋼種が示されており、掲載されている鋼種は、各メーカーが製造して市販されているもので、逆に言えば、ここにないものを一般で入手するのは困難です。

メーカーでは、JISに対応する鋼種であっても、それぞれに各社の特徴をもたせており、厳密に言えば、例えばSKD11に相当する鋼種であっても、メーカーが違えば特性が違います。

上表で言えば、愛知製鋼のSKD11と山陽特殊製鋼のQC11、大同特殊鋼のDC11などは、JISのSKD11の最低規格は満たしていても、それ以外の性質に優れるという内容を含んでいます。

このために、これらの鋼種は、JIS名で呼ぶのではなく、メーカー名で呼称するようにしたほうがよいということです。

JISが規定する化学成分範囲は、ある意味では「広すぎる」と言えます。 実際に、JISの成分範囲の上限下限では、明らかに材料特性が変わります。

だから、たとえJIS鋼種といえども、成分値の狙いを変えれば、全く違う性質になると言ってもいいでしょう。

特に「冷間工具鋼」は炭化物の形状や量などの、成分以外の「作り方の違い」によって、耐摩耗性やじん性が大きく変わるために、メーカーは、非常に狭い範囲の成分を狙って製鋼します。(それは、現在の製鋼技術では、難しいものではありません)

また、JISは最低限必要なものだけを規定しているために、当然、各社の品質はJIS品質以上のものになっていると言えます。

そのために、例えばJISのSKD11であっても、各社間の特性は違っていて当然ですので、このこともあって、特に工具鋼においては、JIS名ではなく、メーカー名で呼ぶ習慣にしましょう。

(JIS名がメーカー名になっているメーカーの鋼種でも、品質はJIS以上のレベルであると言えます)


冷間工具鋼の分類は、近年のJISでは、大きく分けて、「炭素工具鋼(SK)」「合金工具鋼(SKS・SKD)」「高速度工具鋼(SKH)」に分類されています。 以前は用途別に分類されていたこともあって、現在でも、「刃物鋼」などの古い分類名を使う人もいますが、それでも通じますが、JISに従った呼び方ではありません。

流通している鋼種は限られています

上に書かれている鋼種がよく使われる鋼種です。 その他の鋼種でも、熱処理で充分な硬さが得られれば、工具として利用できるのですが、ここでは、JISの分類にそって、簡単に紹介しておきます。

SK105:炭素工具鋼の基本鋼種で、過去には SK3と呼ばれていたものです。水焼入れする鋼種です。

SKS93:一般に「油焼き入れのSK3」と呼ばれるものですが、SKS3の安価版という位置づけです。水焼でなくて油焼き入れで表面硬さが出る便利で安価な鋼種です。

【参考】ベアリング鋼SUJ2・SUJ3なども熱処理して充分な硬さが得られるので、刃物などに使用されますが、工具鋼に分類されていません。近年のベアリング鋼は、非常に清浄度が高いので、ある意味で工具鋼の品質を越えています。

SKS3:Crによって焼入れ性を高めることで表面硬さが出やすい油焼き入れ鋼種で、ゲージなどに使われます。

SKD1:流通量が少ないですが、耐摩耗性の高い鋼種です。
SKD11ほど焼入れ性が良くないの油冷するのが標準ですが、1000℃を切る焼入れ温度の高耐摩鋼種です。

SKD11:ダイス鋼の標準的な鋼種で、焼入れ性がよくφ100程度のものは空冷で硬化します。入手しやすく、高硬さにおける高いじん性を有し、耐摩耗性が高い上に、製品サイズも豊富な汎用性に優れる鋼種です。

8%Cr系:比較的新しく出回った系統の鋼種で、SKD11の高靱性タイプと位置づけられ、高温焼戻しで高い硬さが得られる、焼入れ性の良い鋼種です。

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メーカーで製造されている鋼種は、一覧表に載っていないものが数えきれないほどあって、それらの鋼種はそれぞれの特徴があるものの、一般には流通していない鋼種です。

さらに、ここでは示していませんが、焼の入るステンレス鋼やハイスと呼ばれる高速度工具鋼に分類されているものなども流通しているものが多いのですが、ここでは、材料特性の見方考え方のページですので、これらの説明は省略します。

この上の表で注目すべき点は、JISの「SKD11」と「8%Cr系」枠に相当するところだけは各社が製造しています。
このあたりが各社ともに力を入れている主要な材料・・・と言えるのかもしれません。

プロテリアル(旧:日立金属)ではSLDが、大同特殊鋼ではDC53が主要鋼種に位置づけられていて、一般に流通しているサイズも豊富なので、入手しやすいでしょう。


冷間工具鋼とは

これらは冷間で使用される(つまり、赤熱している被加工材を加工するものではない)もので、おおくは常温の金属製品を加工する工具材料として用いられます。

概ね、「冷間」は、品物の温度が300℃程度以下、「熱間」は600℃程度以上を指し、その間を「温感」と称されますが、温間・熱間用の鋼種でも、SKD61などは、非常にじん性が高いので、冷間用にも用いられるのですが、冷間用の鋼種を温間・熱間用に用いることはほとんどなく、使い方も特殊なのでここでは冷間用を取り上げています。

冷間工具鋼は、「高い硬さ」が出る鋼種とも言えます。そして通常は、高合金で焼入れ温度が1100℃を超える高速度工具鋼(ハイス)とは切り離して、別の分類として区分されています。

ここで、工具などに必要な「硬さ」は用途によって異なりますが、冷間加工用工具として使用される硬さは、おおむね55HRC以上です。 (熱間工具鋼は55HRC以上の硬さが出ないものが多く、硬い硬さ以上に耐熱に対する対策を重視していると言えます)

HRCは、 ロックウェル硬さ計の「硬さ」の単位で、数値が高いほうが硬いことを示します。

冷間工具鋼に分類される上表の鋼種は、小さな品物を指定の熱処理(焼入焼戻し)をすると、最高硬さが60~65HRC程度の非常に硬い硬さになります。

硬さが「55HRC以下」だと、包丁やナイフが「切れない」と感じる硬さですが、通常、包丁の刃先は58~62HRC程度で、 顔をそるカミソリなども(刃先に特殊な処理をしたものもありますが)この程度の硬さになっていますし、金物用のやすりの歯の先端は、64HRC程度の硬さになっています。

硬ければいいというものでもなくて、高い硬さになると、極薄の品物では簡単に折れてしまうぐらいに「ネバサ」がなくなりますので、用途に応じて「適当な硬さ」にして使用することはとても重要です。

硬さは強さを表し、硬くなるともろくなるなど様々な特性があります

このように、「硬さ」は「強度」を示す重要な指標で、鋼は硬いほうが強いと言えるのですが、硬くなると「もろく」なって弱さが出てきます。

日本刀のように刃先だけが硬ければいいという場合と全体が同じ硬さ(強さ)のほうが良い場合があるので、ただ単に「硬いほうがいい」ということはなく、鋼種の特性と熱処理特性、品物の形などを含めて硬さ(強さ)を考える必要があります。

冷間用の工具には、包丁などの刃物類のほかに、鋼板に穴をあけるドリルやタップなどの切削用の工具等があります。

ドリルやタップ用の工具鋼鋼材も、昭和の年代には安価なSK材やSKS材の系統であったものが、次第に、ダイス鋼や高速度鋼(ハイス)などの高級な鋼種に代わってきています。

これは、使用中に刃先先端が高温になって焼戻しの効果を受けて硬さが低下するのを防ぐために、耐熱要素の高い材料が使われるようになっていますし、さらに、表面処理によって特性を高める工夫がされてきていることもご存知でしょう。

鉄鋼は錆びやすいという欠点があることで、包丁などには「焼の入るステンレス鋼」が多く使用されるようになっていますし、切削工具にはハイスと呼ばれる高速度工具鋼やさらに耐摩耗性の高い粉末ハイスなどが使われるようになってきるということもご存知のことかもしれません。


また、近年、メーカーでは、新鋼種開発とは逆の動きとして、いろいろな鋼種を集約・整理して利益アップを図っている傾向が見られ、例えば、鋼種名が存在しても、それが一般に流通していないということも多々あります。 

だから、実際に流通していて、誰でもが比較的に入手できる鋼種は、上の表にある鋼種と考えておくのが無難かもしれません。

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なぜ鋼で鋼を加工できるのでしょう?

これは、簡単にいえば、工具の「強さ」が被加工材にくらべて非常に強いという理由です。

たとえば引っ張り強さで見ると、 工具は200Kg/mm2(断面が1平方ミリメートルの鋼を引っ張った時に200kgで引きちぎられるという意味)以上の強さがあるのに対して、穴をあける側の鉄板は40kg/mm2程度の強さですから、単純に言うと、引張強さに5倍の差があるために様々な工具として使えるということです。

(引張強さだけで強さを表すのは問題もありますが、比較しやすいためにこのような表現にしています。また近年は、MPaという単位で表されますが、ここではわかりやすいように、古い単位を使用しています)

一般的に、硬さと強度は正の相関があり、硬さとじん性は逆の相関があります。

工具などを強くしたければ、硬さを上げればいいですし、かけや折損が生じるようなら硬さを下げて性能を調節するという方法を取ります。

しかし、鋼種によっては、55HRC以上になると、(どうにもできない鋼の宿命で)硬さと強さの相関関係が崩れてくるので、硬さだけで鋼を評価できない場合がでてくるので、鋼種ごとの熱処理データをみて、硬さに対する特性などを把握する必要があります。
これらについて以下で説明していきます。


化学成分と熱処理で鋼の特性が決まる

「鉄と炭素の合金」を鋼(はがね)といいますが、この「炭素量」が鋼の性質を決めるのに特に重要です。

炭素は鋼に溶け込んで鋼を強くします。 そしてまた、その他の元素とともに硬い炭化物を作って、熱処理をした時に硬化して高い耐摩耗性を発揮します。

化学成分が大まかな鋼(=工具)の性質を決めるといっていいでしょう。 

次に、工具などを作るためには、熱処理が欠かせません。

機械加工できる状態の硬さから工具に必要な硬さまでを「熱処理」によって変化せせることができるのは鉄鋼の最大の特徴でしょう。

【焼入れ・焼戻し】

 「熱処理」で、硬くする操作を「焼入れ」といいます。 さらに焼入れした鋼を「焼戻し」によって簡単に欠けてしまわないようなネバくて強い状態にします。

通常この焼入れと焼戻しはセットになっていて、これを連続的に行います。
焼入れ・焼戻しのための加熱温度を「焼入れ温度・焼戻し温度」と言います。


【硬さのもとは炭素量で決まる】

 鋼中の炭素量が多くなるにつれて、焼入れした時の硬さが高くなり耐摩耗性が向上します。 しかし、硬さが高いと「強い」反面、「もろく」なります。

「もろい」というのは 「衝撃力に対して弱い」というです。

炭素は、鋼として固溶できる限界が2%程度までで、固溶しない炭素が金属の組織に現れると、もはや「鋼」ではなく、 鋼よりももろい「鋳物」になりますので、そうならないように、炭素を鉄以外の元素(例えばクロムやモリブデンなど)と化合させて「炭化物」として固溶させると、 耐摩耗性がなどに優れた鋼になります。

様々な合金元素は、素地(マトリクスと言います)を強化したり、硬い炭化物を作る目的などで加えられますが、たくさん入れるほど特性が良くなるというものではないために、そのバランスを考えた新しい鋼が次々と出てきます。

それらもあって、世間には数えられないほどのいろいろな鋼種があリますが、不思議なことですが、「絶対的に高寿命で、オールマイティーに使える」という鋼種はありません。

いかに一つの鋼種の特徴を活かして工具を作るのかということも大切なことです。

【焼入れ性】

 鋼を硬くするためには一度高温に熱してから急冷する「焼入れ」をします。

鋼材の成分によって、水で冷やさないと硬くならない鋼種や空気中に放冷しても十分に硬くなる鋼種などがあり、後者を「焼入れ性の高い鋼種」と言います。

焼入れ性とは、表面の硬さが高くなりやすいかどうかや、硬化する深さが深い(中まで硬い)かどうか・・・という意味が含まれますが、ここでは「焼入れ性が良いと硬くなりやすい」というイメージしておいてください。(焼入れ性という言葉は数値化されるものではなくて、イメージのようなものです)

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【質量効果】

 焼きが入りやすい鋼種・・・と言うのは「焼入れ性が良い鋼種」ですが、そのような鋼種でも、品物が大きくなると冷却速度が低下して十分な硬さが出なくなります。 これを「質量効果によるもの」・・・という言い方をされる場合があります。

(この質量効果も焼入性と同様に、数値がないので結構わかりにくいものですが、よく使われる言葉ですので、自分なりにイメージしておいてくださいね)

少し大きな品物でも十分に硬化するようにクロムやモリブデンを加えて焼入れ性(焼の入りやすさ) を非常に高めた鋼種が高合金工具鋼のうちの「ダイス鋼」と呼ばれる鋼種です。

その代表格がSKD11系で、これらのダイス鋼鋼種は非常に焼入れ性が高いために「空気焼入れ鋼」とも呼ばれ、 φ100程度のものは焼入れ温度から空気中に放冷しても(水や油で急冷しなくても)中心部まで60HRC以上に硬化します。

もちろん、このことが「 いいことづくめ」ではないことも、頭の片隅に置いておいてください。

【新しい8%Cr系の鋼種】

 近年は「8%Cr系」と書かれた鋼種が多く出回っています。

メーカーの説明では、焼入れ性はSKD11以上で、強じん性(ここでは「じん性」と表現します) もSKD11以上・・・とPRされている鋼種で、SKD11の代替鋼種という位置づけです。

この鋼種であっても、「いいことずくめ」ではありません。
個々の特性は、後ほど見ていきましょう。

【相反性】

冷間鍛造用鋼などでは「じん性」と「強さ」が必要ですので、マトリックス系の鋼種(素地の強度を高める成分設計をした鋼種)が適しているとされています。

耐摩耗性や摩擦熱などに対する耐熱強度が要求される場合には「高速度工具鋼(ハイス)」が用いられます。

このように、耐摩耗性(強さ)とじん性(ねばさ)の度合いで鋼を評価する場合が多いのですが、この2つの指標は相反する性質で、どちらかが高くなると、他方は低くなる性質ですが、それを調節する一つの方法として「熱処理(焼入れ・焼戻し)」によってそれを変化させることができます。

じん性が必要な場合は、割れたりしないように硬さを低めにしますが、そうすると耐摩耗性が低下します。

このために、鋼種にたいして、熱処理による硬さなどで、靭性や耐摩耗性がどのように変化するのかを知ることも、工具を設計する場合には重要になってきます。

【新技術】

 近年では、成分的な鋼種の違いや熱処理による特性以上の特性向上方法として、特殊溶解技術や粉末技術を取り入れた高級鋼が増えています。

これらは製造に手間や費用がかかるので高価ですが、従来鋼以上にプラスアルファーの特性がほしいときには、選択肢の一つとして知っておくといいでしょう。

このような鋼でも、工具の特性を出すための適切な「熱処理」は不可欠で、鋼種ごとに特性を生かすための熱処理を熟知することで長寿命の工具を作ることができます。

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鋼の基本性能

鋼種がたくさんありすぎ? 

どんなメーカーカタログを見ても、この鋼種は 「**に優れている」「**より良い」「**の特徴がある」というように、「当社の鋼種***はいいですよ・・・」という表現がされています。

すべてに「BEST」なら、いろいろな鋼種を製造販売しなくてもいいのでしょうが、そううまくはいかないので、おのずと新鋼種が増えていくのですが、(繰り返しますが)オールマイティーな鋼種はない・・・ということですね。

日立金属の鋼種系列 大同特殊鋼の鋼種系列

この図は、プロテリアル(旧:日立金属)の鋼種に対する特性の位置づけ(左)と、大同特殊鋼のDC53の特性の位置づけ(右)が示されている図です。

見にくい図になっていますが、縦横軸はそれぞれ耐欠け・割れ性、耐摩耗・耐圧縮性などを表しています。両社の座標軸が逆転して見にくいのですが、いすれも、各軸の特性は相反するものなので、右下がりの配置になっています。

つまり、耐摩耗性が高いとじん性が低いという関係はどうしようもないのですが、その位置が右上の方向にあるほうが「性能が優れている鋼種」と位置づけられています。

左図では左下にあるYCS3・YK30(≒JIS-SKS93)の基本鋼に対して、 レベルの高い合金工具鋼の鋼種が右上に位置しており、これらの右上(45度)方向に位置する鋼種ほど「特性が優れている」という表現になっています。

ここで注意しなければならないことは、(何度も書いていますが) 絶対に「全てに優れる鋼種」というものはありませんので、「これらの表も一つの表現の仕方」として捉えておかないといけませんが、材料を選ぶ場合には、このような鋼種間の位置関係を知っておいて材料を選ぶのは一つの良い方法といえます。

プロテリアル(旧:日立金属)の左図では、4本の右下がりの線が引かれています。一番下は「ダイス鋼系」それから上に、「溶性ハイス系」「マトリクスハイス系」 「粉末ハイス系」の4系列が示されています。

また、大同特殊鋼の右図でも、縦横軸が入れ替わって示されていますが、右下がりの傾向になっていることや成分系列の傾向がプロテリアル(旧:日立金属)の場合と同様に表現されています。

いずれも耐摩耗性に優れたものはじん性に乏しく、じん性に優れた鋼種は耐摩耗性に乏しいという関係があることがわかります。


・・・ でも、何か変な感じがしませんか?

成分系の分類でいえば、プロテリアルのSLD≒大同のSKD11で 大同のDC53≒プロテリアルのSLD8が対応しています。

しかし、プロテリアルの図では、SLD8はSLDの高じん性タイプに位置付けていますが、 大同特殊鋼の図では、DC53はSKD11の「高じん性・高耐摩耗タイプ」で、 ハイス系列に並んでいると評価しています。

この辺りにメーカーの意図する販売戦略が隠れています。鋼種を選ぶ際にはその真意を読み解いていくことが重要です。(次ページで説明します)


【隠された数値を読む力】

 これら特殊鋼メーカーの公表値は、かなり綿密に実験されたもので充分信頼できます。しかし、企業としてある鋼種を販売しようとすると、他社より劣るデータは示したくないので、できるだけ高評価になる部分を強調するのは当然ですし、逆に、劣る部分のデーターは示しません。

そうすると、他社とのデータと突き合わせて比較すると、「なぜ???」となる部分が出てきます。

だから、カタログなどにある他の試験値を、一見しただけで判断してしまうと大変なことになるので、深読みが必要です。


【まずは最低限の数値を読む】

 そうなると、鋼種選びは、さらに大変になってしまいます。これには、高度の知識や経験が必要になリますので、まず通常の鋼種選びは ①必要な硬さが得られるかどうか ②その硬さにおける特性はどうか・・・ ということを知る程度から始めることでいいと思います。


【細部を読む力】

 カタログに示された試験結果は、「試験方法による特徴」「試験条件による変化」「数値の丸め方」「試験片の履歴」などで大きく変わっているので、これを見抜くのは「カタログを読む側の力」が必要になります。

メーカーの技術者は客観的な数字で比較する努力をしているのは当然ですが、販売担当になると買ってもらわなければ話になりませんので、 「悪い」 「劣る」などのネガティブワードはカタログなどには書きません。

さらに文科系のデザイナーが加わると、カタログ記事の鋼の特性や内容はオブラートで包み込まれたものになってしまいます。


【でも・・・】

これだけ技術が進んでも、『絶対にすべてに優れている鋼種が出てこない』ということは、なんとも寂しいことですね。


強さ・ねばさ

鋼材の特性を見る場合は、「強さ = 硬さ」 「じん性 ≠ 硬さ」・・・と考えます。

強さは引っ張り強さ、圧縮強さなどで表現できます。強さは硬さと相関があります。また、じん性(耐欠け・割れ性)とは逆の相関になっています。

硬さと強度の鋼種対応 硬さと抗折値の関係
   プロテリアル(旧:日立金属)のデータを引用

それを表現するために、このようなグラフがあります。

ここでは、「硬さが高くなると強さが上がる」「しかし、上限の硬さに近づくと、その相関は崩れる」「じん性は熱処理後の硬さで変化する」 ということが読み取れます。

SKD11やSKS3は熱処理で64HRC程度の硬さになります。しかし「硬さを上げれば強さも上がり、耐摩耗性も高くなる」と信じている人が意外と多いのですが、 上の左のグラフを見ると、「そうではない」ということを知っておくことは重要です。

このような結果になるのは、成分系の影響とともに熱処理の要素も関係しますが、基本的にはカタログなどに示される「適正な硬さ範囲で使用する」ということが重要です。 (説明は少し専門的になるので、ここでは示しません)


強さ・じん性について補足します

強さには引っ張り、圧縮、ねじり・・・などの試験方法があります。

しかし、工具鋼などの高硬度鋼の試験では、試験方法や試験片形状がJISなどで規定しているものと異なる場合も多いので、どのような試験方法で「じん性・耐摩耗性」が評価されているのかを確認するようにしましょう。 

違う会社のデータの数字だけを比較してはいけない・・・ということも言えます。

また、上右のグラフでは、じん性はシャルピー値ではなく、「抗折力」で示されている点なども見ておきましょう。

プロテリアル(旧:日立金属)のデータの多くは、60HRC程度以上は曲げ試験で「静的なじん性」評価をしており、φ5x60程度の試験片で支点間距離50で試験されている場合が多く、抗折力x曲げ(たわみ)量を「吸収エネルギー」として比較しているデータもたくさんある・・・なども、慣れてくるとわかってくるのですが、技術資料でないカタログなどでは、試験条件などが示されていないことも多く、データを見慣れてくると、「60HRC以下の硬さになると、荷重をかけてもうまく折れてくれないためにシャルピー衝撃試験が用いられ、その場合でもJISにはない10Rシャルピー衝撃試験値が多い・・・」などもわかってきます。

この10Rシャルピー値ですが、JISでは規定されていませんが、他の工具鋼メーカーでは広く採用されています。

大同特殊鋼の前身の特殊製鋼(株)や日本特殊鋼(株)では12Rシャルピー値が採用されていましたが、その後大同特殊鋼に合併して、その以降に当時の日立金属とのデータ比較の必要性などから10Rシャルピー値に統合されてきたようですが、日本で最大手の大同特殊鋼になって50年ちかくが経過していても、この10RシャルピーについてはJISなどに規定されていませんし、外国メーカーではまた違った考え方もあって、今更JISで決めるということもないのかもしれませんね。

つまり、調質鋼のように低硬さのシャルピー試験値でさえも、値がばらつく要素が多いですし、シャルピー値という数値が、客観的な特性を示すのかどうか・・・という根本的な考え方も統一できない状態なので、国際規格が要求される昨今では規格化できないでいるのでしょう。

もちろん、上の図に示すような、高い硬さの試験はどれをとっても非常に難しく、試験も危険で、両者とも、長い歴史のある会社なのでこれらを公表できるのでしょうから、これらのデータは稀有で非常に貴重なものといえます。

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◎SKD11・SLD・DC53について

プロテリアルのSLDはJISのSKD11相当鋼種ですが、そもそもJISの考え方では、社内規格ではJISを超える品質を規定することが求められますので、メーカーの特性は、JIS品質以上になっています。

このことは、SKD11とSLDは「同じと言えば同じですが、違うといえば違うもの」なのです。 そしてさらに、A社のSKD11とB社のSKD11が同じか・・・と言うと、各社ごとの特徴があって、同じではありません。

繰り返しますが、特に工具鋼について鋼種名を言う場合に、SKD11ではなく「SLD(えすえるでぃー)」などのメーカー名で呼称するのが適切だということです。

例えば、プロテリアルでは、 鋼には好ましくないリン(P)や硫黄(S)を抑えていることで、「清浄度の高い鋼材」であることをPRしていますが、こういう点で、SLDはJIS規格のSKD11を超えるものになっています。

「同じように熱処理しても、大同とプロテリアルの硬さは違う」・・・という熱処理現場の声をよく聞きます。

これは、どちらがいい悪いということではなく、JISのSKD11の規格に合致していても、メーカーが違えば全く違う性質を持っているということです。

さらに、大同特殊鋼では DC11がSKD11相当品ですが、市販の汎用鋼にはDC11ではなく、8%Cr鋼の「DC53」を押している感じがします。

この8%クロム系を、大同特殊鋼のPRでは、「耐摩耗性はSKD11と同等で、じん性が非常に高い」 というのをウリにしているのですが、「ほんとうに本当?」でしょうか。 この答えは次ページで考えていきます。

 → 冷間ダイス鋼の基本鋼種について

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