鋼材解説~日立金属の工具鋼SLD

広く使用されている特殊鋼鋼材の特徴や熱処理特性などについてWEBや一般に公表されているデータをもとに独自に説明しています。引用した資料は、こちらに紹介しています。

日立金属 ”SLD” について 

(1)一般的な特徴

メーカー「日立金属」のカタログには、
1)焼入れ性が大きく、空気焼き入れできる
2)耐摩耗性が極めて大きく、同一硬さでのじん性が大きい
3)品質が安定している

・・・ などが特徴として挙げられています。

さらに、優れた製鋼技術と鍛造・圧延技術によって、炭化物が微細で機械加工性にも優れていることを特徴として記されています。

SKD11が開発されて約50年以上が経過しますが、これは1.5%C-12%Cr系の耐摩耗に優れた冷間ダイス鋼で、型材や機械部品などに広く使用されています。

焼入れ性が良いために、φ100程度の品物でも空冷で60HRC以上の硬さが出るとともに、その硬さでのじん性が高いことから、各種金型や刃物類の主役となっています。

(2)SLDの製造上の特徴について

SLDはJISのSKD11に対応しています。

SKD11を製造しているどのメーカーも同様ですが、JISの要求よりもレベルの高い状態で管理した製品を製造出荷しているのですが、特に日立金属のカタログでは、原材料を厳選して、なかでもP(リン)の含有量を抑えることで、いろいろな特性をバックアップしていることを強調しています。

日立金属は、「アイソトロピー」というキャッチフレーズを使っていますが、これは、「等方性」という意味合いのようです。

鋼材は製造工程中に「不均一さ」は生じるものですが、それをいろいろな技術によって「均一性」を高めているとしてアイソトロピーという言葉を使用しています。

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SLDのカタログにはSKD11との比較でいろいろなデータが示されて、SLDのほうが良いことが書かれていますが、JISは最低限の品質を規定するものですので、当然SLDのほうが優れていなければなりませんので、真意はわかりにくいのですが、基本鋼種であることもあって、他社の同じ系統の鋼種との優劣差などは掲載できませんので、カタログでは優れた点を表現しにくいという理由かもしれません。

ここでは、SLDとはどういうもので、他鋼種とどのような位置にあるのかを同社の資料を用いて簡単に読み解くことにしましょう。
SLD焼なまし組織


(3)材料特性

特性比較  標準熱処理

この図にある鋼種は、日立金属の主要鋼種で販売量も多い鋼種と言えるのでしょう。

左は横軸がじん性(=耐欠け性・割れ性)、縦軸が耐摩耗性(=耐圧強度)を示しています。

この図でいうと、右45度方向に伸びる位置にあるものが優れているのですが、じん性と耐摩耗性の両方を備える材料はありませんので、(残念ながら)右肩下がりの傾向で配置されています。

図の見方としては、SLD以上の耐摩耗性や耐欠け性を求めるなら、ダイス鋼レベルではなく、YXM1のようなハイス(高速度鋼)に移行する必要がある・・・とこの図が示しています。(実際的には、このようにうまくいきませんが・・・)

もちろん、じん性や耐摩耗性以外の、例えば「硬さ=強さ」「品物の大きさ」などの影響も加わるのですが、この図は、それらを含めてのイメージを示していると考えてください。

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SLD以上の耐摩耗性が欲しい場合には、YXM4やHAP72を、SLD以上のじん性が欲しい場合は、SLD-MAGICやYXR3を検討すればいいということですが、熱処理条件も、鋼材価格も異なりますので、これは、一つの考え方をする「図」ということです。

右の図は耐摩耗性を比較したものです。棒グラフの長さが短いものが優れているということですが、これについても、硬さや熱処理方法で結果は大きく変わりますので、これも同様に、鋼材の傾向を示すものという程度に考えましょう。

これらの図を見ると、他鋼種のほうがSLDより優れている・・・という鋼種がたくさんあるのがわかります。

しかし、これだけをとってみても、「SLDがいい」「SLDよりいい」という説明にはなりません。

そもそも、すべてに優れる材料はないのですから(もしあれば、こんなにたくさんの鋼種は必要ありませんから)耐摩耗性とじん性の位置づけということでこれらの図をみておいて、硬さや熱処理方法を変えても思うような結果が得られない場合の材料選択の一例を示している・・・と考えてください。


以下は(色んなところで紹介していますが)特殊鋼倶楽部の鋼種分類です。各社の比較的に製造・流通量の多い主要鋼種が掲載されています。

冷間金型用鋼一覧

鋼は鉄と炭素の合金で、熱処理によって非常に硬くなることで、その最も基本になるものは「炭素工具鋼」です。

これは、水焼き入れして硬くなるのですが、焼入れ性が低いために、刃物であればその先端の一部しか硬化しません。

そのために、焼入れ性を高めるように合金元素がくわえられ、SKS3などの特殊合金工具鋼では、油焼き入れで硬化するようになりましたが、さらに、もっと大きな品物でも、空冷で硬化するものが求められてダイス鋼と呼ばれるSKD11が開発されました。

このように、この表では、炭素工具鋼→合金工具鋼→高速度工具鋼→粉末高速度工具鋼というように、いろいろな要求に基づいて順次に改良されたものが一覧表になっています。

この図では、最も広く使用されているSKD11を基準にして全体を見ると、その特徴がわかりやすいと思います。

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各社は同系統の材料があるものの、広い範囲のサイズを在庫しているということはありません。他社製の鋼種を探すためにこの一覧表を使います。

各社では、もちろん、この一覧にない鋼種を製造・保有しているのですが、特殊な流通形態や「ひも付き」と呼ばれる特殊な取引形態などもあって、市販されないものや一般流通しないものもたくさんあるので、この表にある鋼種から使用鋼種を考えるのがいいでしょう。

焼入れ最大径
中心部硬さが60HRCになる丸棒直径

SKD11は焼入れ性が良く、品物を熱処理した時の変形が少ないということで、当面は、さらに若干の改良が進むことがあっても、「基本鋼種」の位置づけは変わらないと考えていいでしょう。

冷間工具鋼であれば、必ずSKD11との比較が検討されます。SKD11がすべてに劣っているということではありませんので、SKD11とそれらの新鋼種を比較するというスタンスになります。

SKD11は12%Cr系の材料ですが、現状では8%Cr系の材料と比較して検討することになるでしょうし、高級なハイス(高速度鋼)との優劣も、SKD11を基本にしていろいろな諸性質を比較検討するのがわかりやすいでしょう。

日立金属では、改良型のSLDシリーズもラインアップしていますが、流通量は多くありません。


(4)熱処理特性

標準熱処理表
SLD焼戻し硬さ曲線 SLD熱処理変寸

SLDの焼入れ温度は1000-1050℃ですが、一般的にはじん性を重視する場合は低めの温度を取るのが望ましいでしょう。

通常は、200℃前後の焼戻しで、60HRC前後の硬さで使用する場合が多いのですが、500℃以上の高温焼戻しをすることで、硬さを合わせることもできます。焼戻し温度で「硬さ」だけでなく、いろいろ性質が変化します。

鋼材のすべては「絶対にいい」というものはありません。

熱処理やそれによる変化を利用して品物(金型や刃物など)を作るのですが、基本は「硬さ」に変化を加えたときの特性変化を見て、その状態が鋼種の限界であるなら、鋼種を変えて検討するという方法をとるのが一般的です。

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通常の刃物などでは、60HRC以上の硬さが用いられますが、この場合は200℃程度の低温焼戻しが機械的性質を見ると優れています。しかし、500℃で焼戻しすると58HRC程度の硬さが出ますので、耐熱要素を必要とする場合はそれを利用することも可能です。

これは、焼戻し温度が高いと、品物がその温度になるまで組織などが変化しにくいという理由からですが、耐摩耗性が低い8%Cr系の材料であれば、高温焼戻しの自由度が高いのでこれを検討したり、硬さを下げたくなければ、高速度鋼系の鋼種を使うなどの対策が考えられます。

(5)さいごに

メーカーカタログでは「優れていること」は書いてあっても、「劣ること」については詳しく説明していません。これを見極められるようになるのは難しいことです。

たとえば、どんな鋼種であっても、耐摩耗性と靭性の両方に優れたものはありませんので、それを熱処理や材料取りなどでカバーできるかどうかなどは経験や知識に頼らないといけない部分がたくさんあります。(こちらも参考に)

現在は特殊鋼販売士などの資格を持った方は、鋼材や熱処理知識に詳しいですので、他社の鋼種の情報もあわせて教えていただくことができる場合もあるでしょう。

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