熱処理や焼入れといえば専門的なもののようですが、操作としては簡単で、ポイントを押さえておけばガスコンロやカセットバーナーを用いて行うこともできますし、熱処理やさんに依頼する場合も、品物の品質を自分で決めることができるので、カスタムナイフや自作工具を作る場合の参考になると思います。

この記事は当初、熱処理や材料の内容を知っていただくために書いたのですが、分離したほうが馴染みやすいと思って、文中に”下線”のある用語はこちらのページで簡単な用語の説明をしています。また、熱処理の少し専門的な内容はエッセンスを参考記事として、 →こちら にまとめています。

熱処理のJISでは、焼き入れ、焼き戻し、焼きなましなどは「焼入れ、焼戻し、焼なまし」と表記していますので、ここでも、それに沿って表記するようにしています。

このページでは、カスタムナイフを趣味にする人や鉄鋼の熱処理の基礎を知りたい方のために、市販の「金のこ」でナイフ(のようなもの)を作りながら、それをガスコンロを使って焼入れ・焼戻しなどの熱処理をして硬く丈夫な刃物にしていく過程を通して熱処理の用語や熱処理操作(方法)、考え方を説明しています。もちろん、ヤスリのような鋼材も同系統の成分ですので利用できますが、ステンレスやハイスといった高合金の鋼材は焼入れする温度が高かったり、硬化したものを加工のために軟化すること(これを「なます(焼なまし)」といいますが)は難しいし、ここで紹介する低温焼なましでは十分柔らかくならないという問題もあるので、ここでは、「熱処理はこんなものだ」という程度に理解いただくといいと思っています。

少し長い文章ですが、お付き合いいただけるとうれしいです。
熱処理や鋼材の記事もサイドメニューに目次を付けています。参考にしてください。

鉄鋼の熱処理では、「温度」「時間」「速度」「硬さ」「組織」などを計器などの数値で捉える必要がありますが、ここでは、特殊な器具・道具を使わない方法で熱処理のエッセンスを知っていただけるように考えました。

どじょうナイフ

先日、島根県の安来市に行ったときに、この「どじょうナイフ」というペーパーナイフを購入しました。

ヤスキハガネと刻印されていますので、工具鋼で有名な日立金属(株)で作られたステンレス鋼を愛らしい形に加工して熱処理された品物のようですが、1000円程度で実にうまく作ってあります。こういうのを自分で作れるといいですね。

と言っても、このステンレス鋼を熱処理しようとすると焼入れ温度が1000℃以上なので、簡単に、家庭用のガスコンロなどで加熱するのは少し難しいでしょう。

つまり、鋼種によってそれに適した熱処理条件が決まっています。
ここでは、焼入れ温度が家庭用のガスコンロや簡易なガスボンベを利用したバーナーで加熱して焼入れできる鋼種を選んで、熱処理の基本を紹介します。
使うのは市販の「金きりのこぎりの替え刃」です。

実は、金属加工用の「ヤスリ」などを使うことで、もう少し厚みのあるもので手の混んだものを作ればいいのですが、ここではナイフ作りではなく、熱処理の説明が目的ですので、今回は簡略なものにしています。

この「のこ刃」は、「鋼種」がはっきりしていて、「手に入りやすく」「安い」と3拍子揃った材料ですので、これを使って、簡単な「ペーパーナイフ」を作るイメージで進めます。

この材料には「SK3」と銘記されています。
これは、「炭素工具鋼」に分類される鋼です。
今は、JIS規格が変更されて、「SK105」という鋼種名がこれに該当します。
市販のヤスリの多くも、同系統でさらに高炭素の材料が使われていますので、それを加工するのもいいでしょう。

この炭素工具鋼は、水焼入れをして、非常に硬い硬さになる「鋼」で、日本刀などは、この系統の材料とよく似た成分のもので作られています。
「S」はスチール、「K」は工具、105は、炭素量の中央値が1.05%という意味が含まれています。

今回使用した「金のこ」

近年は、熱処理を自分自身で行うことは少ないと思います。
ほとんどの方は、熱処理専門業者などに依頼するされるのですが、この場合でも、打ち合わせのポイントなど重要なポイントを抑えていただくと、不具合も防げるでしょう。
もちろん、この記事の内容だけでは不充分ですので、これを機に、高度な内容の熱処理に接する方が増えることを願っています。

材料について

まず、材料の話です。
「鉄」と「鋼(はがね)」という言葉を覚えておいてください。

ナイフを作るには『焼きが入る』鉄鋼材料(鋼種)が必要で、適当な炭素を含んだ「鋼」でないといけません。
軽量形鋼や釘などは「鉄」に近い分類で、含まれる炭素量が0.01%程度と低いので、焼入れしても硬くなりません。

焼きが入る」とは、熱処理をして硬くなることですが、どんな材料がいいのでしょうか?

鋼(はがね)は鉄と炭素の合金で、炭素量が焼入れしたときの硬さを決定します。
切れ味の良い刃物用には、最低でも、およそ0.6%以上の炭素量が必要です。

通常の市販鋼種では、さらにクロムCrやマンガンMnなどの合金成分を加えて、いろいろな特性を高めたものが販売されています。

これによって、焼入れによって硬くなり、さらに、深部までその硬さを保たれる性質が生まれます。

合金を加えるその他の目的は、炭素などの化合物(炭化物)で耐摩耗性を上げたり、耐食性を高めたり、強くしたり・・・という、様々な特徴を出すためですが、合金量が多いほど鋼の特性が良くなるものではありません。

鋼に限らず、いろいろな特性は、片一方が良くなると、他の特性で何か不都合が起きるもので、例えば、硬くて強くしようとするともろくなり、じん性が低下して破損しやすくなります。

次に、焼入れによって硬くなる度合いを「焼入性」といい、硬くて、内部までその硬さが保たれる度合いをいいますが、焼入れ性のいい鋼種は、炭素だけでなく、マンガンやクロムなどの合金成分を加えて、さらに特性を高めています。

焼入れ性がいいと、水で焼入れなくても、極端に言えば、空気で冷やすだけでも非常に硬くなる鋼種があります。

しかし、全体が硬いと「折れやすく」なるので、あえて焼入れ性の低い鋼種を用いて、刃先先端が硬くて、胴部が柔らかいという優れた日本刀や高級包丁には炭素工具鋼などの低合金工具鋼が用いられます。

材料を探します

ナイフ用の材料を決める場合は、カタログやWEB記事から探すことが多いと思いますが、①充分な硬さが出る ②成形加工がしやすい ③市販されており適当なサイズの品物が入手できる・・・などをポイントにして鋼種を決める(探す)ことをおすすめします。(寿命延長などは、その後で考えます)

次に、熱処理をして十分な硬さを出すためには、水に入れて冷やすのか、油焼き入れするのか、焼入れ温度はどうなのか・・・などの基本的な項目条件があります。これは、鋼種(化学成分と品物の大きさ)によって決まります。

今回の鋼種SK3(SK105)は、できるだけ速く冷やす必要があるので、水焼入れをする鋼種です。(油焼入れでは、充分に硬くなりません)

硬さについては、通常の熱処理後の品質確認は「硬さ」を測定して、検査をしますが、「硬さ計」などの機器は、個人が所有することもありませんので、今回はそれを使いません。

日本刀などでも、「試し切り」をして切れ味を確認しますので、ここでは、紙を切ってみたり、手ズネの毛を剃ってみるなどで確認するといいでしょう。

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どこで購入できますか?

今回は『金鋸の刃』を使いますので、材料は、ホームセンターなどで手に入りますが、一般的には、材料の入手は鋼材屋さんになります。

購入できる鋼材屋さんがなければWEBで鋼材を購入できます。(小口の購入ですので、少し高くつくのは仕方がありません)

材料メーカーの一つ、日立金属では、刃物鋼のカタログに下表の鋼種を掲載しています。(過去にはJISに刃物鋼という分類があったのですが現在は『合金工具鋼鋼材』にまとめられています)
日立金属の刃物鋼から抜粋

鋼種区分では、「炭素鋼」「合金鋼」「ステンレス鋼」などに分けられています。

「焼入れ」の温度が800℃台の炭素鋼・合金鋼が扱いやすい鋼種で、1000℃を超える鋼種は家庭などでの焼入れはやりにくくなってきます。

刃物に使用できる鋼種にはその他に高速度工具鋼やダイス鋼という分類に分けられるものがありますが、同様に、相応の熱処理設備がないと熱処理が難しいといえます。

表の最後にあるZDP189は粉末ダイス鋼と呼ばれるものです。これは、一旦、鋼の粉末をつくって、それをもう一度固めるという方法でつくられており、それによって、従来の方法では作れなかった成分の鋼ができるようになったのですが、非常に高価で耐摩耗性に優れるのですが機械加工がしにくいという難点があります。

次に、下に、雑誌「特殊鋼」に掲載されている、日本で販売しているメーカーと冷間金型用鋼を示しています。
各メーカーでは、JISに分類されない特徴ある鋼種をたくさん製造しています。

ここに掲載された鋼種以外の鋼種も多く製造されて流通していますが、それらは、一般に(例えばWEBなどでも)販売されていないものや、特定のルートでしか取引されていないもの・・・と考えておいてください。(WEBでも購入できないものも多いです)

さらに、この表の鋼種でも、どの鋼材店でも手に入るかというとそうではなく、古くからの商慣習で、メーカーと鋼材店(流通)は系列化されているので、鋼材店では特定メーカーのものしか売っていないことが多いということなども覚えておいてください。

WEBで購入すると、それらを気にしなくていいので、小ロットの購入であれば便利ですが、若干高い価格になっています。(これは、仕方ないでしょう)
雑誌 特殊鋼の冷間工具鋼種

このように、たくさんの鋼種があり、メーカーごとの特徴もありますが、何度も書くように、高価な鋼は必ずしも「すべてに良い」とは言えないことを頭の片隅に入れておいてください。

新しい鋼材は、JISなどの標準的な鋼種に強化したい特性を合金成分を加えることで作られるのですが、それでも、これだけ多くの鋼種が販売されているのは、「絶対にこれが良い」というものが無いということの裏返しです。

それもあるので、最初のうち鋼種を選ぶときには、細かい特徴は気にしないで、さきほどあげた、①十分な硬さ ②加工しやすさ ③入手しやすさ だけを考えて、その鋼種に慣れ親しんでから、次のステップを考えていけばいいでしょう。

日本古来の「日本刀」は鋼種的に言うと最安値クラスの成分系の炭素工具鋼に分類されるものです。それが、製造過程の工夫や熱処理によって名刀になるのです。

今回のように、家庭などで特別な設備がない個人が焼入れができる鋼種は、日立金属の鋼種表でいえば、焼入れ温度が低い部類の「炭素系・合金鋼系」以外は扱いにくいでしょう。

なんと言っても、この「炭素工具鋼」の特徴は切れ味がいいということにあります。
そして欠点は、さびやすいことです。

さびにくい鋼にはステンレス系の材料があります。しかし、この系統の材料は炭素鋼系に比べて若干焼入れした硬さも低く、切れ味も悪くなります。
さらに焼入れ温度も高くて、焼入れすると全体が硬化して折れやすいなど、扱いにくい部分もあるのです。(上表の「銀*」など)

いずれにしても、すべての特徴を満たしてくれる鋼種は「ない」といえますので、使えそうな鋼種の中から気に入った鋼種を選択して、それを使いこなしていくのがいいでしょう。

手元にある「鋼種のわからない残材」を使いたい場合もあるでしょう。
成分や鋼種がわからないと、手を出さないほうが無難ですが、焼入れして硬くなるかどうかを火花で鋼種を推定する方法(→こちら)を簡単に紹介しています。
確実に見分けるのは難しいのですが、このような楽しみ方もいいと思います。

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鋼種名は大切です

自分で熱処理する以外で、熱処理を業者(熱処理やさん・専門業者)に依頼する場合は、鋼種名がわからないと熱処理方法が決められません。

熱処理をお願いする場合は、はっきりと「鋼種名」がわかっていなければ引き受けてもらえませんので、鋼種名(メーカーの鋼種名)は重要です。

熱処理業者に「鋼種名」「目標の硬さ」を指定すると、鋼種にあった適当な方法で目標の硬さに熱処理してもらうことができます。
しかし、熱処理業者であっても刃物などの刃先の硬さ測定は難しいので、事前に打ち合わせて熱処理硬さを決めることもあります。(測定しないか、推定して熱処理をしてもらうことになります)

ここからは、これからやろうとする熱処理などの概略を説明します。

今回は、「金のこ」を使います

このSK3のような炭素工具鋼は、薄い品物では水焼入れして刃先先端は64HRC程度の硬さが出ます。(鋼では最高硬さの部類に入ります)

金鋸以外では、金属加工用の「ヤスリ」も同系統の材料ですので、サイズが合えば、焼なましをして成形加工すれば、切れ味のいい刃物になります。

熱処理の基本は「焼入れ」で、ここではガスコンロやカセットバーナーで加熱して水で急冷する熱処理をすることにします。

焼入れに使用する水は、「一晩汲み置いた25℃以下の水」を使用します。
これは、水中に気泡があったり温度が高いと十分に「焼き」が入りにくいためです。

塩水にしたり水冷時に強く振ると焼が入りやすくなります。
しかし、必要以上に早く冷やすと、曲がりが大きくなりますので、薄い品物では、この汲み置きした十分な量の水に素早く入れるだけでいいでしょう。
今回、私は、小さな鍋に汲み置いた水を使いました。

この「水で冷やす」操作を「水冷」「水焼入れ」「急冷」という言い方をすることもあります。(油で冷やすのは「油冷(油焼入れ)」です。

今回は、焼入れに引き続いて「焼戻し」をします。食用油を180℃程度に温めて使用します。

製作の手順

加工手順と方法は次の通りです。

・・・ ここからいよいよ成形と熱処理の話になります。

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焼なまし

金のこの焼なまし部分  曲げると折れます

「金のこ」をペンチで曲げると、簡単に折れてしまいますね。(写真右)
購入した金のこは、すでに熱処理されて金のこに適した「適当な硬い硬さ」になっているために、このままでは硬すぎて削り加工などの成形ができません。

硬さを下げてやる必要がでてきます。
(品物が長すぎる場合は、硬い状態で適当な寸法に折っておくといいでしょう)

鋼材やさんから購入する鋼材(メーカー品)は、機械加工できるように「完全焼なまし」された柔らかい状態で販売されているのが通常ですので、この記事のように、加工前の焼なましの熱処理は不要です。

金のこの端部をよく見ますと、色が少し変わっているのが見えます。
のこ刃の刃先部分は「ヤスリ」がかからない硬さになっていますが、全体が硬いと「金のこ」の取り付け穴部から割れてしまいますので、この変色部分は、穴の部分をバーナーか何かで温めて、硬さを下げて穴部が割れないようにしたあとの色です。

【参考】 
通常は品物の全体を熱処理することが多いのですが、一部を熱処理することを部分熱処理と言います。
高周波焼入れなども部分焼入れですが、品物の表面だけを硬化させるので、表面熱処理ともいいます。

この「金のこ」はすでに取り付け穴部分が「部分焼なまし」されている状態と言えます。

本来の焼なましは、品物全体を「加熱炉(ろ)」などに入れて加熱後ゆっくり炉の中で冷やします。これを「完全焼なまし」といいます。

鋼を最も柔らかい状態にする熱処理がこの「完全焼なまし」ですが、これは、非常にゆっくりと冷却しなければならないので、家庭でやるには加熱・冷却操作が難しいですので、今回はそれをしないで、「少し軟化させる焼なまし」をします。
これは、完全焼なましほど柔らかくなりませんが、機械加工できる程度まで柔らかくなります。これを「軟化焼なまし」「低温焼なまし」などといいます。

熱処理は鋼の温度を上げると結晶構造が変わということを利用して性質を変化させます。その結晶構造の変化を「変態」と言います。
完全焼きなましはその変態を利用する熱処理ですが、今回行う軟化のための焼なましは、変態点以下で行うもので、結晶構造を変えるのではなく、加熱によって「組織変化を利用した軟化させる処理です。

つまり、「加工できる程度の硬さになればいい」ので、変態温度以下の750℃程度以下の温度になるようにガスコンロで品物を加熱して、その後に空気中で冷やすという操作の、「低温焼なまし」による軟化処理をします。
(空気中に放冷することでも柔らかくなるところがポイントです)

さらに、(焼入れについても言えることですが)一般的には、全体を加熱して行う「全体焼入れ」が主流ですが、ここでは、硬さが必要な部分だけを加熱して、刃先だけを硬くする「部分焼入れ」をします。(持ち手部分は加熱しなくていいためです)

その他の焼入れ方法としては、高周波熱処理による表面熱処理やソルトバス(塩浴)熱処理などの部分熱処理方法もありますがここでは説明しません。

低温焼なましをやってみよう

軟化のための低温焼なまし温度は700℃狙い。(750℃以上は硬くなってしまうので不可)
この温度を測る方法ですが、温度計はありませんので、「色温度」を使います。

日立金属の資料「加熱色と焼戻し色」(日立金属のカタログから)

鋼を加熱した時、600℃程度以上で色が付き始めます。
この左図の色をイメージして、品物をまんべんなく700℃に加熱し、その後、コンロから離して放冷します。
750℃以上に温度を上げてはいけません。(あげすぎると硬くなります)

薄暗い状態でないとこの図の色と異なってきますが、50℃程度の誤差はここではあまり問題はありません。
ただ、750℃をこえて800℃程度になると、焼入れ温度になるので、空冷でも若干硬くなってしまいます。
温度を上げすぎないようにしましょう。

最初は慣れないので難しい操作ですので、もしも余分な材料があれば、加熱色と温度の感覚をつかむために、この色温度表の、600℃、700℃、750℃、800℃に加熱して水焼入れし、ペンチで折り曲げて様子を見るといいでしょう。
(日本刀を作る刀鍛冶も、この色温度を見ながら熱処理をしているのです)

750℃まではだんだん柔らかくなる様子がわかりますし、800℃前後になると、硬くなって、曲げると簡単に折れてしまいます。温度が600→750℃と上がっていくにつれて、硬さが柔らかくなっていくのが感じられるようになると、完璧です。

このように、変態温度以下では加熱後に水冷しても硬くなりません。

低温焼なまし後は、炎から遠ざけて「空冷」(そのまま空気中で冷やす)をします。

家庭用ガスコンロ 軟化焼なまし作業

軟化焼なましをすると比較的簡単に曲がるようになります。(下左の写真)

完全焼なましをしたものよりも少し硬いのですが、曲げても折れることがありませんし、ヤスリで削るなどが可能になりますので、この後にヤスリなどでナイフに成形します。
(下左は、軟化焼なまし後に、ペンチで曲げてみたもので、今回の「私の刃物」は、下右のように、焼入れ前に刃を立てるだけの簡単な加工をしただけです)

焼なましすれば、簡単に曲がります 刃先を加工しました

熱処理条件は鋼種で決まります

標準的な熱処理条件は鋼種ごとに決まっており、SK105(SK3)は、焼入れ温度780-800℃で急冷後、焼戻し180℃をすれば、硬くてねばい、すなわち、刃物に理想の状態になります。

JIS鋼種以外の鋼種では、カタログなどに「焼入れ温度」「焼なまし温度」「焼戻し温度と硬さの関係」などが示されています。

このような温度で加熱冷却などをすれば目的の硬さがえられるのですが、家庭でなどで熱処理を行うには、温度計や適当な設備がないので、うまく熱処理できるポイントを説明していきます。

低温焼なましの工程では、加熱色を見て、700~750℃になったらすぐに放冷してください。(この温度からでは、水冷しても硬化しません) 加熱時間が長くなると酸化・脱炭という現象が起きて焼入れするときに表面硬さが出なくなります。

低温焼なましでは750℃以上に温度を上げすぎると硬くなってしまいます。
また、焼入れでは、SK3について言うと、900℃以上に温度を上げてしまうと、結晶粒の粗大化によって、焼入れでは硬さが低下します。
(今回はやっていませんが)完全焼なまし等の場合でも、温度を間違うと、機械的性質が低下します。(切れ味が悪くなります)

この良い熱処理状態の温度範囲を「適正加熱温度」「標準熱処理温度」と言いますが、低すぎても、高すぎてもいい状態にはなりません。
特に、温度を上げすぎることは絶対によくありません。難しいですが、温度が基本です。

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加工~焼入れ~焼戻し

軟化焼なまし(低温焼なまし)は30秒程度の短い時間の加熱でしたが、それを曲げてみると、その裏側は、すでにスケール(酸化膜)ができています。

酸化スケール 

これは、酸化した被膜が取れている状態です。
スケールが付着していると、焼入れ加熱の時に鋼中の炭素と結びついて鋼表面の炭素を奪うために、焼入れしても硬さが入らないということが発生します。

これを、「脱炭による硬さ低下」と言い、このような酸化物や「さび」などは、焼入れ前には、ペーパーなどで除去しておく必要があります。

空気中で高温に加熱すると「酸化・脱炭」は避けられないのですが、この影響を少なくするためには、必要以上に高温にさらさないことと、長時間加熱しないことが大切です。

つまり、焼入れ前にはスケールを磨いて除去しておき、加熱時間を最小にして焼入れします。

低合金鋼では焼入れ温度になってからの保持(保持時間は特に必要はありません。硬さがほしい部分が、均一に、その温度になったと思ったら、すぐに冷却操作に入ります。

【参考】空気に触れると鋼は「劣化」するので、窒素などの無酸化雰囲気、真空、ソルトバスなどで品物が酸素と接触しないような雰囲気で加熱する熱処理を「無酸化熱処理」と言います。

無酸化熱処理は大気雰囲気の熱処理よりも費用は高くなりますが、現在では、よっぽど大きいものなどを除いて、熱処理業者では、工具鋼などの高価な鋼材を大気加熱で熱処理することはほとんどありません。

ただし、これによって、自動化された設備に変わり、薄い品物や刃先先端は充分な硬さが入らないなどの問題も出てきますので、今回やるような薄い刃先の水焼入れなどの炭素工具鋼の熱処理は取り扱わないところも増えています。

これは詳しく説明しませんが、最新設備でも鋼種や要求条件によって目的とする熱処理ができないという場合もあります。特に、刃先が薄い刃物では、自動化された熱処理は「良くない」場合も出てきます。
刃先先端は普通の硬さ測定ができないので、この点は覚えておくといいでしょう。


焼入れ~焼戻しを連続で行います

焼入れの加熱を開始する前に、汲み置いた冷水をコンロの近くに置いて焼入れ準備をするとともに、「焼戻しの準備」をします。

焼戻し用に、別の容器(鍋やフライパン)にサラダ油(またはてんぷら油)を品物が十分浸るくらいの量を入れて、160-180℃ぐらいに温めます。

焼入れは短時間で終わります。焼入れ後すぐに「焼き戻し」をするのが基本ですので、そのための事前準備です。

180℃は通常の天ぷら温度ですが、火災に注意して高温に上げすぎないように準備しておいて「焼入れ作業」の開始です。


【参考】 焼入れする際に早く冷却する能力を「冷却能」と言いますが、こうするのは、冷却能を落とさないためです。

高温の品物と水が接触すると品物との接触面で水蒸気の膜ができますが、それが冷却を遅らせます。速く冷却するには、品物を水中で振ったりして水流を与えたり、食塩水を用いたり、強力に水を噴射するなどで冷却を早める方法も行われています。しかし、曲がりが出やすくなります。

焼入れ温度から品物を急冷すると、「マルテンサイト」という非常に硬い組織になります。これが「焼入れ」です。

ここでは品物が小さいので、途中で温度が自然に下がらないように加熱して、それを素早く冷やすことだけを心がけます

コンロの直火で800℃~850℃程度に加熱し(下左)、温度になったら、素早く水中で冷却します。(下右)

焼入れ加熱中 水冷で焼入れ

これで焼入れ完了です。温度が上がった部分でそれが急速に冷却された部分だけが硬化します。

今回は小さな範囲の加熱ですので直火で昇温しましたが、均一に加熱するのは「コツ」がいります。

家庭用のコンロは最高900℃程度に加熱できますが、加熱途中で熱が飛散したり、コンロの過熱防止装置が働くなどで、意外に温度が上がりにくいかもしれません。
残材があれば、それを用いて、事前に練習をしてみるといいでしょう。

工具鋼などの高級鋼は、焼入れ温度に敏感で、特に温度を上げすぎると劣化しますが、炭素工具鋼などの低合金鋼は比較的温度の許容性が高く、最低焼入れ温度(SK105では780℃)以上であれば問題なく硬化しますので、目的の色温度にならば、すぐに水冷します。

少し大きな部分を加熱するには、周りに覆いをするなどで熱が逃げないようにして、カセットボンベのバーナー(トーチ)を使って加熱するほうが均熱できるかもしれません。いろいろ工夫してみましょう。

これらは、自分でやってみて、いろいろな工夫をしていくことが重要で、「熟練する」ために試行錯誤を重ねていく必要があるのは仕方ないでしょう。

水冷すると数秒(ほぼ瞬間)で冷えます。

冷えたら引き上げて、水分をふき取って、180℃程度の温度になった油中に入れて1時間程度加熱します。
そして、その後に取り出して冷却(放冷)します。(これが「焼戻し」です)

以上の操作が「焼入れ~焼戻し」です。


焼戻しは鋼を強靭にします

焼入れによって硬くなることは、言い換えれば、内部の応力が増大している・・・ということです。

多くの鋼では、焼入れによって体積が0.1%程度増大していますので、これも、硬くなっている証拠の一つですが、この途中で割れや変形が生じやすくなります。

そのために、時間を置かずに焼戻し操作をして、この応力を緩和するとともに、硬い組織のマルテンサイトという組織をやや安定した状態の「焼戻しマルテンサイト」という状態の組織にするのが「焼戻し」です。

焼戻しで温度を上げると、硬さは少し低下しますが、ねばさが増大して、刃物の寿命が伸びます。

特に、鋭利な刃先のある刃物では、じん性が高まることで、微小チッピングを防ぐことが出来ます。
焼戻ししていない鋼は、もろいので、刃先の微小欠けで切れなくなったり、目に見える欠けが生じやすくなります。

これは、重要な点で、多くの方は「硬いほうが耐摩耗性が高くて長持ちする」と考えているようですが、それぞれの材料に適した範囲があり、多くの鋼種は若干硬さが下がっても焼戻しをするほうが長寿命になります。
難しい表現ですが、寿命は外力と鋼の持つ機械的性質のバランスで決まりますので、刃先形状などを含めて、ある程度経験的にどの条件(硬さ)が良いのかを見ていくのも面白いかもしれません。

さらに焼戻し温度を上げると、温度につれて硬さが低下するので、用途に合った適度な温度で焼戻しする必要があります。

今回は、天ぷらの温度180℃程度で焼戻ししますが、それにより、当初は63HRC程度あった状態が59HRC程度になっていることが推定できます。
この温度と硬さの関係は、JISやカタログではグラフが提供されています。
→焼戻し温度と硬さでも説明しています。

硬いマルテンサイトが焼戻しマルテンサイトに変わる180℃程度の焼戻しによって、内部応力も緩和されるので熱処理的にはいい状態になっていると言えます。

焼戻しは30分以上その温度に保持します。
1時間程度なら、なお良いですし、2回繰り返すと完璧です。

品物の硬さについて

ここでは特に「硬さ」の測定は行いません。
最初に説明しましたがように、正しく熱処理されているかどうかを見るためには、日本刀などは、「試し切り」が行われますが、小さな刃物では、刃先を研いだあとに、薄い紙を切ったり、手のうぶ毛を剃って試す・・・などで確認するといいでしょう。

今回は目的の硬さになっているかどうかはわかりませんが、日本刀の熱処理も同様で、刀鍛治は正しい熱処理過程を踏めばよく切れる刀になることを体得しています。

余談ですが、かつては熱処理後の検査で品質を保証している傾向が強かったのですが、近年は、熱処理後の検査は「工程が正しく行われているかどうかの確認のため」に行うという意味合いが強くなっています。
検査測定のためのグラインダーや測定痕を残したくない場合には、代替品で検査したり、全く、硬さ検査をしない場合もあります。

今回の、この焼入れ・焼戻しが完了した状態では、刃先は60HRC程度以上になっていますので、ヤスリを当ててみても、すべる感じになっているでしょう。

【参考】「ヤスリあたり」で判断は難しい

昔は、ヤスリで「焼きが入っているかどうか」を確認していたという話を聞くことがありますが、ヤスリの歯先は62HRC程度以上あるので、厳密には「ヤスリ当たり」で硬さを推定するのは無理です

硬さが既知の検査用やすり(山本科学工具研究社という硬さ試験片などを作っているメーカーが販売しています)を用いて検査してもわかりにくく、ヤスリで硬さを特定するのは難しいでしょう。

通常の熱処理品の硬さは「硬さ計」で測定するのですが、この刃物のような、薄くて先端がとがっているものは、普通は硬さ計を用いても測定できません。

また、焼入れ性が良くない炭素鋼などは、硬さにばらつきがあるので、「必要部分の硬さ」を正しく測るのには無理があり、硬さの測定も簡単ではありません。
使ってみて熱処理の状態を確認するというのがいいでしょう。


さいごに

ここでは、鋼を柔らかくする「焼なまし」、硬くする「焼入れ」、ねばく強くする「焼戻し」の基礎的な内容を説明しました。

近年は、工具用の鋼材は高級になっていて、焼入れ温度も1000℃以上のものが多くなったために、自宅で熱処理するのが難しい鋼種が多くなっています。

今回扱った鋼種「SK3」などの炭素鋼系の鋼種は、焼入れ温度が800℃程度ですので、家庭用のガスコンロや市販のカセットボンベを用いたバーナーなどで焼入れが出来ます。

これらの鋼種は、世界に誇る「日本刀」と同じような成分系で、切れ味はステンレスやハイスより優れています。

日本刀の熱処理をTVなどで見た方もおられると思いますが、「刀鍛治」と呼ばれる職人が、五感と経験を使って鍛錬や焼き入れしているのですが、本来、その品物にあった熱処理条件は、1つしかないはずです。
だから刀鍛治は刀1本に全魂を込めているのです。

しかし、包丁屋さんになると、何十本の包丁全てに魂を込められないでしょうから、最適条件を見つけることで最高品質の包丁を作るための「標準化」をします。

この標準化は、鋼種や製品に応じた最適条件ではない場合がでてきます。
現在の熱処理では、設備の制約、利益や作業効率などが優先されるなどから、標準化が進んでいますが、標準化された工程は最適条件の熱処理が行われているとは言い切れません。
つまり、『それなりの熱処理』になるのは仕方ないことで、品質の安定化とコストダウンのために「標準化」が進んでいると言えます。

私は長年熱処理業に携わってきましたが、この標準化が「平均化」になってきているようで、個々の品物・鋼種に対応した最高熱処理ではない熱処理が行われる場合も増えています。

(このあたりはいろいろ書いて知っていただきたいこともありますが)本来、熱処理には長寿命化などに対して、無限の可能性があります。しかし、それを殺してまでも、今後さらに平均化が進みますので、熱処理屋さんに依頼しても最高品質のものになるか・・・と言うと、平均化されたそれなりの方法で行われたものになってしまうので、「それなりのもの」しか出来ない可能性は拭えません。

今回は家庭のガスコンロを用いましたが、この方法についても、均熱化(品物の各部の温度を合わせること)が難しいので、やはり、しっかりとした熱処理をするとなると、小さな加熱炉などの設備が必要になってきます。

私が熱処理に携わった時には、小さな実験炉などを作ったこともあります。電源さえあれば、2~3万円程度で加熱炉をつくることも出来ます。
しかし、実際に作ろうとすると、資材調達などが難しいことも出てくるでしょうが、大人の趣味と考えて取り組むと面白いかもしれませんね。

カスタムナイフなどを自作する方もたくさんおられるようですが、このように、少しの熱処理知識がついてくると、熱処理業者の方と専門的な話もできますので、そうなると、面白さも倍加すると思います。

先にも書きましたが、近年は、高級鋼化が進んでおり、焼入れ温度や雰囲気なども素人が熱処理を行うのには難しくなってきています。(これは、逆に言うと、熱処理業者にとっては、熱処理が簡単になってきています)

だから、自分で扱える鋼種を用いて自分で熱処理してみると、無限の楽しみ方も出てきます。

刃物の基本は「よく切れて長持ちする」ことですので、充分に炭素工具鋼レベルでそれを楽しむことも可能です。
それを楽しんでから、焼きの入るステンレス鋼などを手がけられるのもいいかもしれません。
ぜひ、自分流熱処理を楽しむ方法を見つけてほしいと願っています。


【熱処理関連記事】
metal4に 熱処理技術の記事この記事から熱処理の技術的な記事を分離しました。
熱処理用語の記事へ熱処理用語の説明をしています。
焼きの入るステンレスの記事へ焼きの入るステンレスについて書いています。

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【来歴】  
H30.9月 HPを2分割し、本文と技術項目を分離しました。
H30.12 SUSの記事に合わせてリンク追加
H31.4 文章見直し  R1.6 文章見直し


その他の記事

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このページの目次   

材料について
    どこで購入できますか?
    今回は「金のこ」を使います
    鋼種名は大切です
  製作の手順
  焼なまし
    低温焼なましをやってみよう
    熱処理条件は鋼種で決まります
  加工~焼入れ~焼戻し
    焼入れをします
    品物の硬さについて
  さいごに

その他のページ

鉄鋼材料(工具鋼)カタログの見方
冷間工具鋼と一般特性について
鋼種とメーカー分類
冷間工具鋼とは
鋼の基本性能

日立金属 SLD
大同特殊鋼 DC53

焼入れ硬さ
焼戻し硬さと強度・じん性
焼入れ性
熱処理変形(変寸)
残留オーステナイト
耐摩耗性その他

山陽特殊製鋼 QCM8

日立金属 SLD

熱処理の基本を学ぼう!
  材料について
  製作の手順
  焼なまし
  加工~焼入れ~焼戻し

熱処理の基本を学ぼう(技術ページ)  

熱処理の基本を学ぼう(用語の説明)

焼入れするステンレスのウンチク
  ステンレス鋼の特徴とその分類
  熱処理の基本事項